僕らは知らない間に。。。

From:よっぴー

昨日、嫁が餃子が食べたい!
って事で、二人して餃子を作ってみたんだけど

これが思った以上に美味しくて
餃子家で作るのアリです!

料理作るのは好きなんだけど
1個1個作る料理ってめんどくさいって感じちゃって
(餃子とか、つくねとか、野菜の肉巻きとか)

今まで手を出してこなかったんだけど
一人じゃ嫌でも誰かとやるならできるね!

小麦粉を避けた食事をしているから
餃子の皮は、米粉でできたものを使ったんだけど

米粉の皮もなかなか美味しかったぞ!

ぜひ、お試しあれ!


さてさて今日は
僕らは知らない間に。。。
という話をしようと思います。

アフォーダンスっていう認知心理学の言葉があって
初めて聞くという場合もあるから
wiki先生に教えてもらうとすると。。。

アフォーダンスは、動物(有機体)に対する「刺激」という従来の知覚心理学の概念とは異なり、環境に実在する動物(有機体)がその生活する環境を探索することによって獲得することができる意味/価値であると定義される。

っていう感じらしい。

いや、意味わかんねーよ!
って思うと思うから。。。

簡単に言ったら

ある物体があったとしたら
それを何に使うかっていうのは
見ただけでわかるもんですよね?

っていう感じ。

目の前に椅子が置いてあったら
誰かに何を言われなくても
座るものなんだなぁ

っていうのがわかる。

そんな感じだ。

これを
椅子が僕らに座る事をアフォードしている
という表現をするんだけど

椅子側が僕らにこうやって使うんだぞー!
って訴えかけている
って感じかな。

知らない間にアフォーダンス?

椅子なら座るっていう事しかアフォードされないだろうけど
本ならどうかというと

読むという事はもちろんあるだろうけど
枕にするとか
そういう事もアフォードしてくるかもしれない。

その物が持つ本来の使い方(制作者が意図した使い方)
以外にも、僕らがこうやってもいいよね?

って思ったとしたら
それは、本が僕らにアフォードしているという事ができる。

これって
普通なんだけど
すごくない?

僕らは言われなくても
本が本だとわかるし
椅子が椅子だとわかるし

目の前にドアノブのついたドアがあったら
ドアノブを持って回して引くか押すかする
って思ってる。

もちろんこれには
道具側にも、他と大きくずれた姿形をしていないっていうのが重要だけどさ!
(最近ではデザインの分野でアフォーダンスっていう言葉が使われるらしい)

このアフォーダンスっていう考え方って
僕は、僕ら個人にも当てはまるんじゃないかって思っていて

もう一度アフォーダンスについて言っておくと
本が僕らに読む事とか、枕にする事をアフォードしているわけだから

僕は他人に対して
僕という何かをアフォードしているかもしれない。

僕が僕の周りの人に
何をアフォードしているか?は、定かではないけど。。。笑

何かしらアフォードしているのは確かだと思う。

よく女性がさ
生理的に無理!

とか言うじゃない。

あれって、言語化できてないけど
何かをアフォードされて拒否してるんだと思うんだよね。

だからどんな人でも
誰かを見たとすると
勝手に何かを思ってるはず。

その何か思った事を教えてくれると
(言語化するのは難しいかもしれないけど)
僕という人間がアフォードしている事を知る事ができ
それが、自分のミッションの発見に繋がったりしていってくれるんじゃないか?

そんな事を思った。

自分探しの旅
っていうように

自分で自分をなんとか見つけよう
みたいな風潮があるように思うけど

実際は
僕らが存在する限り
周りの人に何かをアフォードしているわけだから

周りの人に聞くのが
自分探しには効率がいいかもしれないね。

ミッション発見でつまづいているようなら
周りの人の力を借りてみると
案外スッと見つかるかもしれません!

って事で今日はこの辺で
よっぴー

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